1月9日、祖父が他界しました。
97歳の大往生でした。
当日の朝も、いつものように朝食を完食し。
デイサービスの日だったので、母が着替えを手伝い。
迎えが来る前にトイレに入って…。
そこで、座ったまま意識を失っていたそうです。
母が目を離した時間はたったの10分。
その間のことだったそうです。
妹が心臓マッサージもしてくれたそうですが。
救急車で運ばれた先で亡くなりました。
ほんの一週間前に会ったばかり。
娘が生まれて初めてもらったお年玉は、祖父からです。
東京農大出身のため、箱根駅伝の応援をしていました。
お雑煮も大きいお餅を2個平らげていたし。
まさかこんな急にいなくなってしまうなんて。
その時は思いもしませんでした。
初孫の私をとても可愛がってくれ。
小さい頃は時々一緒に寝て。
私が眠るまで、しりとりやなぞなぞに付き合ってくれました。
元高校教師なので。
小学校くらいまではよく勉強を教わっていました。
祖父がいくつか問題を作ってくれ、それに答えるのです。
一番覚えているのは。
「雨が降ると、木はどう思っているか?」
という問いに「雨は嫌だなぁ。」と答えたら。
「木は水が必要だから、喜んでいるんだよ。」
と言われたこと。
今考えれば当たり前なんだけど。
小学1年生の私には目からウロコでした。
自分の感じることが全てではないと。
初めて知ったのが、その時です。
今でも、他人の立場に立って考えなければならないとき。
客観的に物事を見なければならないとき。
祖父のその問題を思い出すのです。
とても目が悪くて、時々眼鏡を見つけられなくなって。
探してくれと頼まれるのですが。
祖父の胸ポケットにささったまま…。
なんてコントみたいな事もあったり。
健康のために庭や近所を散歩していて。
何故か時々後ろ歩きをしていて。
学校帰りに会うと恥ずかしくて、知らんぷりしたり。
(目が悪い祖父は、声を掛けなければ気づかない)
小さい頃は、祖父の食べ残しをよくもらったのですが。
ある時、私の嫌いなピーマンをお皿に入れられて。
思わず泣いてしまい、祖父をオロオロさせたことも。
エレクトーン教室のお迎えを祖父がしてくれることになり。
その初日、終わっても祖父がいないので待たずに帰り。
母と教室に戻ったら、暗い中、懐中電灯を持って。
私の名前を呼んで探し続けていた祖父がいました。
お風呂の時は。
父母と違って、痛いボディタオルではなくて。
柔らかい手拭いで優しく身体を洗ってくれるし。
頭を流す時も、頭からざばざば掛けずに。
洗面器に頭をつけるように仰向けに寝そべって。
顔に水がかからないようにしてくれるし。
湯船では手拭いを使って色々遊んでくれたので。
祖父と入るお風呂が大好きでした。
戦争の話。
大学時代にテニスでインカレに出た話。
俳句に詩吟。
夕食の時は色んな話をしてもらいました。
何しろ、大正三年生まれの昔の人なので。
厳しくて頑固で一筋縄ではいかない所もあり。
父とケンカしたり、母を泣かせることもしばしば。
でも私は、そのあと気まずそうに気を遣っている祖父が。
ちょっと可愛くて、憎めませんでした。
90歳を超えても魚より肉派で。
11月には月に3回も“とんかつ”をリクエストした程。
(しかも、ロース指定)
戦時中はお酒の作り方を指導する技官だったり。
戦後は酒蔵で杜氏をしていた時期もあり。
とにかく、お酒が大好きで。
ここ数年は祖父の身体を気遣った父に。
飲酒は週2回に限定されていたのですが。
きちんと飲む曜日を把握していて。
父母が忘れていても「今日はお酒の日」と。
自ら指摘するくらい、楽しみにしていました。
以前はあるだけ飲んで、泥酔することもあり。
お酒の失敗談も色々あるのですが。
週2回になってからは。
少しずつ残して、毎日ちびりちびり飲んでいたそうです。
そんな祖父は。
亡くなる間際まで自分でご飯を食べ。
亡くなる間際まで自分でトイレに行くこともでき。
紙に欲しいものを書いて買い物を頼めたり。
認知症になることもなく、しっかりしていました。
90歳を超えると、筋肉が落ちるため。
死後硬直はあまりしない方が多いそうですが。
97歳の祖父はがっちり死後硬直していて。
「こんなに筋肉が残っているなんてすごい」と。
湯灌をしてくれた葬儀屋さんも感心する程でした。
お骨も、あまり残らないかと思いきや。
脚の骨もそのままの形で残っていたりと。
とてもしっかりしていて驚きました。
これからは、実家に帰っても。
夜通し聞こえていたおじいちゃんのラジオの音がしないんだね。
茨城訛りの残るおじいちゃんの声も聞けないんだね。
淋しい。
でも、おじいちゃんの声はちゃんと覚えているよ。
おじいちゃんに返せたものはほとんどないけど。
曾孫の顔を見せられたのが、唯一のおじいちゃん孝行かな。
おじいちゃん。
97年間、お疲れ様でした。
長い間、目が見えなくて大変だっただろうけど。
きっと今なら、よく見えてるよね。
曾孫である娘の顔も見てくれてるかな。
お酒ももう週に2回なんて我慢しなくていいね。
20年以上前に亡くなったおばあちゃんの名前を。
未だに寝言で呼んでいたけど。
もう会えたかな。
四十九日が終わるまではまだお預けかな。
早くおばあちゃんに会えるといいね。
おじいちゃん。
たくさん可愛がってくれて、ありがとう。
長生きしてくれてありがとう。
いつかそちらに行く日までに。
おじいちゃんに笑ってもらえるような土産話を。
たくさんたくさん仕込んでおきます。
またね、おじいちゃん。
本当にありがとう。